ちょっと長目で前後編です。時間が空いた時にでもどうぞ。
ある晴れた日の午後。病院の屋上、給水塔がある一番高い所。
♪♪♬～
ジュン「どう？良い曲でしょ。今度出る新曲なんだよ。」
片耳にだけ掛けているイヤホンから聞こえてくるナナニジの曲を聴きながら、私は隣の誰もいない空間に話しかける。
ジュン「でもダンスがすっごい難しいんだ。振り付け覚えるの一苦労だったよ。ちゃんと出来るようになるまで何度あか姉達に注意されたか・・・」
独り言の様に話す愚痴を言い始めたところで曲が終わり、イヤホンからは何も聞こえなくなった。
ジュン「と、終わっちゃったね。もうちょっといたいけど、そろそろ時間かな。」
私はイヤホンを外し音楽プレイヤーを仕舞うと給水塔から降りる。
そして、ドアへ向かう前に元いた場所をもう一度振り返る。
ジュン「じゃ、また来るね。悠ちゃん。」
医師「診たところ問題無さそうですね。詳しい結果の方は明日出ますので、明日また来てもらえますか？」
ジュン「はいはーい、センセ、検査ご苦労さん。お礼にさっき売店で買ったアメを進呈します！。」
医師「はは、ありがとう。元気で何よりですね。あ、そうそう、ジュンさん達の新曲聴きましたよ。今回も良い曲ですね。」
ジュン「でしょでしょ！私も気にいってるんだ。CD出たら1枚ヨロシクね～」
医師「それは勿論。他の先生達にも薦めておきますよ」
ジュン「おおー！それじゃあさ、この病院の売店にCD置かせてもらってよ！なんなら私ここでサイン会とかやっちゃうよ！行列ができる病院になるね。」
医師「えーと、購買は管轄が違うので何とも言えませんが打診はしてみます。サイン会の方は・・・ここ病院なので騒がしいのはちょっと・・・。」
ジュン「ええ～、楽しそうなんだけどな。まぁ残念だけどしょうがないよね。それじゃセンセ、また明日～。」
今日は私の検査の日。
数年前まで私は呼吸器官が弱かった。他の皆と同じ様に運動する事が出来ず、入退院を繰り返す様な毎日だった。半ば完治する事を諦めていたけど、ある出来事が切っ掛けで症状は起こらなくなり普通に生活出来る様になったのだ。
でも完治したといっても、元は生まれつきのもの。何があるか判らないためこうして年に一回は検査を受けている。
ジュン「こっち来るのも久しぶりかな～、いろいろ変わっちゃってるね。」
今日の検査を終え、この後とくに予定の無い私は気まぐれにかつて入院していた時に使っていた病室へ向かっていた。
ちなみに一応身バレを防ぐ為に今日は髪型を変え、帽子とメガネを付けているのだった。
ジュン「ええと、たしか201号室・・・だったよね？」
私が入院する事がなくなってから病院内で区画の整理が行われたようで、昔は小児用だったあの部屋は今は一般病室になっている。
記憶を頼りに少し迷いながらもどうにか目的の部屋に近づいてきた。
すると、
♬♬♬～
ふと、どこからともなく聞き覚えのある音楽が聞こえてくる。
ジュン「ん？この曲・・・」
わ、間違いない、これナナニジの曲だ。
音は病室が近づくにつれて大きくなってくる。おそらく音は目的の部屋から出されているのだろう。
ジュン「入院してる人が聴いているのかな？」
ここにもナナニジのファンがいてくれたと思うと少し嬉しくなる。
入口に近づくと部屋から誰かが出てきた。装いからして看護師さんだろう。
看護師「それじゃあノンちゃん、音楽流すのはいいけれど、音は上げ過ぎないでね。」
？　「は～い、わかってますって。」
病室から返ってくる返事を聞くと、看護師さんは私に気にすることなく、そのまま部屋から離れていった。
ジュン「誰だろ？入院してる人かな？」
大部屋なので普段から開けっ放しのドアを覗き込むと、入口手前のベッドで寝そべりながら音楽を聴いている女の子がいた。歳は・・・私と同じ位かな。
？　「・・・・・・」
ノンちゃんと呼ばれた女の子はCDの冊子を見ながら曲を聴いている。下ろした長い髪のせいかパッと見ると大人しそうな印象がある。
ジュン「でも、あの子・・・」
私はその子の顔を見て声を掛けることを決めた。
ジュン「やっほー、こんにちわ」
ノン「わわ？え？なに？」
突然目の前に現れ声を掛けてきた私に驚いたようで、目を見開いてこちらを見ている。
ノン「あ、こんにちわ。えーと、何か用かな？」
ジュン「そんな大した事じゃないけどね、部屋の前を通ったら音楽が聞こえたから何かな～って思って。」
ノン「ああ、これ？ここ大部屋だけど私1人しかいないからね。周りを気にせずかけ放題なんだ。」
そう言って寝ていた上体を起こしながら少し得意気になっている。
ジュン「それって22/7の曲だよね？えっと、ノンちゃんでいいのかな？」
歌っている本人なので間違えようはないけど、あくまで知らない体で聞いてみた。
ノン「あれ？なんで私の呼ばれ方知ってるの？」
ジュン「さっきここにいた看護師さんがそう呼んでいたのを聞いてたからね。」
ノン「ああ、そっか。ノンていうのはあだ名でね、ここの病院の人からそう呼ばれてるんだ。それでなんだっけ？　あ、ナナニジか。うん、このグループ好きなんだ。歌が良いのは勿論だけど、何よりメンバーが皆カワイくて面白いから。この病院の人達も何故かナナニジの曲は流していても文句は言われないんだ。アナタもナナニジ好きなの？」
ジュン「ま、まあね。えへへ～」
つい褒められて嬉しくなり照れてしまう。
最初の大人しそうという印象とは違い、よく喋る子みたいだった。
ノン「そっか～、ここでナナニジファンに会えて嬉しいな～。ねえねえ、好きなメンバーやユニットはある？」
ジュン「えっと・・・晴れた日のベンチかな。」
ついつい自分のユニット名を出してしまう。間違ってないからいいんだけどね。
ノン「あ、一緒だ。イイよねぇハッピーチーム。凄く明るくてパワー貰える気がする。」
ジュン「うんうん、だよねだよね！いいよねハッピー。」
ノン「つぼみちゃんは可愛いし、都ちゃんは面白し、悠希ちゃんは元気いっぱいだし・・・」
ジュン「そうそう！楽しいメンバーばかりだよね！」
同意の返事をしながらも私は次に出てくる子の評価に集中していた。
ノン「あ、でも一番友達になりたいのはみうちゃんかな。桜ちゃんやみかみちゃんも捨て難いけど、あの独特の雰囲気はみうちゃんしか出せないよね。」
・・・アレ？
期待していた人物の名前が出てこない。
ジュン「あのー、戸田ジュンはどうかな？」
気になりすぎて自分で質問しちゃった。
ノン「戸田ジュン？」
ノンちゃんの表情が途端に不機嫌になり面倒そうな聞き返しをしてくる。
ノン「私あの子キライ」
ジュン「えーー！？」
予想外の評価に声を上げて驚いてしまう。
ジュン「ななな、なんで？どうしてキライなの、ですか？」
動揺を隠して理由を聞こうとしたけどダメだった。
ノン「だってあの子、いっつも楽しそうにしてるから。世の中全部が楽しい事しかないって感じで。今まで苦しい事とか辛い事なんて全然関係の無い人生送ってたんだろうな。」
ジュン「いやいや、そんな事はないよ。きっと戸田ジュンも苦労してるよ。」
私はどうにか自分で自分をフォローする。
ノン「私の病気って名前が長いから正式名称は覚えてないんだけど、強いストレスが掛かっている時に怒ったりとかして極度に興奮すると呼吸不全を起こしてしまうんだ。最悪の場合は死んでしまう事あるんだって。」
ジュン「・・・」
次に自分をフォローする言葉を考えていたけど、突然出てきた”死ぬ”という単語にその全部が流されてしまった。
ノン「この病気にしても戸田ジュンから見れば全く無縁のものになるじゃない？あの子ストレスとか全然無さそうだし。それがなんだかすっごく納得出来ないんだ。」
ノンちゃんの表情がさっき入口で見たときと同じになっている。
ノン「あ～あ、神様って不公平だよね。あの子はいつも楽しく笑っているのに私はよく分からない病気で入院中。楽しい事はないまま私は辛さ抱えて死んでいくのかな～。」
ジュン「・・・ダメだよ。」
ノン「え？」
ジュン「ダメだよ、死ぬなんて言っちゃダメだよ！死んじゃったらそれこそ楽しい事はもうずっと来ないじゃない！」
ノン「えと、ちょっと？」
ジュン「病気で弱気になってしまうのは仕方ないよ。文句を言ってもいい、戸田ジュンが嫌いでもいい、でも死ぬなんて言わないで。冗談でも言わないで！」
貯め込んでいた水を一気に押し流すような感覚で私は思っていた事を口に出した。
ノン「・・・」
ノンちゃんは驚いた様子でぽかんと口を開けながらコチラを見ている。
そんな顔を見て私はハッと我に返った。しまった、初対面の人にこんな事言ったらドン引きしちゃうよね。
ジュン「あ、あはは、ゴメンね急に。驚かせちゃったね。いやあ、反省反省。」
ノン「ああ、うん・・・」
どうにか”何でもないよ”という風に取り繕う。ノンちゃんは気が抜けた返事をする。
ジュン「・・・」
ノン「・・・」
なんだか気まずい。
ジュン「私もう行くね。いきなり押し掛けちゃっけど、話してくれてありがとね、それじゃあ。」
空気の重さに耐えられなくなり、私は手を振って部屋の出口へ向かう。
はぁ～、失敗しちゃったな。
ノン「あの、ちょっと待って。」
ジュン「？」
ドアの直前で声を掛けられ振り返る。
ノン「アナタ、明日も病院に来る？」
ジュン「うん、来るよ。」
ノン「それじゃあ、もし良かったら明日もココに来てくれないかな？同じ年代の子他にいないからお喋りしてくれる子いてほしかったんだ。」
これまた予想外の質問に少し驚く。
ジュン「いいの？」
ノン「うん、ナナニジの話、もっとしたいしね。」
ジュン「わかった。それじゃあ明日絶対来るからね。」
さっきの事をノンちゃんも気にしていない様で嬉しくなる。
ノン「あとそれから」
ジュン「ん？」
ノン「名前、教えてほしいな。」
ジュン「ああ、そっか。ジュ・・・悠だよ。ヨロシクね」
名前を出す訳にもいかず、咄嗟に思い浮かんだあの子の名前を出してしまった。
うう、悠ちゃんゴメンね。と心の中で謝る。
ノン「悠ちゃんか。明日待ってるからね。バイバイ。」
ジュン「うん、バイバイ。」
名前を言えなかった事に少し後ろめたさはあるけれど、私はノンちゃんと仲良くなれた事に嬉しくなり気分上々で病院を後にした。
翌日
ジュン「そしたらさ、その子ひどいんだよ。こっちはせっかく返信したのにそれに対するコメント”早く寝なね”なんだよ！まったく失礼しちゃうよ！」
ノン「あはは、それは確かにひどいね～。」
昨日の検査の結果を聞き終え、私は約束通りノンちゃんの病室を訪れてこうしてお喋りをしていた。昨日の事はお互いすっかり気にしていなかった。
それから恰好も昨日と同じで私が戸田ジュンとバレないように帽子とメガネをしている。
ジュン「私より少ーし年上で背が高くてスタイルよくて勉強が出来て面倒見も良くて周りにも頼られるからって、いつもすぐ私を子供扱いするんだ。」
ノン「いや、それだけあれば子供扱いされても仕方ないんじゃない？」
腑に落ちないけどごもっともな意見を返された。
ノン「でも良いなぁ、悠ちゃんの友達楽しそうな人達ばかりで。私もそんな友達がいたらなぁ。」
ジュン「ノンちゃんなら、学校の友達とかいっぱいいるんじゃない？友達たくさんお見舞いきてそうだけど。」
気さくな子だし友達多いだろうと感じたのでお世辞無しで聞いてみた。
ノン「私本当は関東出身なんだよ。家もそっちにあって学校もそっちで通ってたんだけど、入院するならって親戚の家があって空気の良いコッチにする事にしたんだ。だから学校の友達がお見舞いに来る事は無いよ。入院期間も長いからもう皆も私の印象薄れちゃっただろうし。」
ジュン「そっか、それは何だか淋しいね。でも今日は私がたくさん話し相手になるからね。」
ノン「ありがと。だから友達というか仲間かな？そんな人達がいる悠ちゃんが羨ましい。」
ジュン「きっとできるよ。病気治ってまた学校に行ける様になったらノンちゃんだけの仲間がいっぱい。」
ノン「そう・・・だと良いな。」
そう言ってノンちゃんは肯定はしながらも昨日と同じあの表情をしている。
ノン「それより悠ちゃんはどうなの？」
ジュン「・・・え？私？」
今の話を取り消すように急に話題を切り替えてきた。悠ちゃんと呼ばれ慣れていないから反応が少し遅くなる。
ノン「検査で来ているって言ってたけど、昨日も今日も平日だよ。学校あるなら来るのは休みの日か放課後になるじゃない？悠ちゃん何してる人なのかなって？ハッ!もしかして芸能人とか？」
なかなか鋭い。
ジュン「それは～・・・検査の予約が平日の日中しか空いてなくて、仕方ないから休みにして来てたんだ。」
うん、嘘は言ってない。
ノン「なるほど～、学校休みになるんだから何だか得したね。」
ちょっと苦しかったけど、疑う事なく信じてくれたようで一安心。
看護師「ノンちゃん、検温の時間ですよ。・・・あ、お友達来てたんだ。」
しばらく話し込んでいると看護師さんが部屋に入ってきた。
ノン「は～い」
ジュン「ども～、コンニチワ～、お邪魔してま～す。」
私は友達の家のお母さんにするような挨拶をした。
看護師「あら？アナタは・・・」
挨拶した私を看護師さんがじっと見ている。なにか変だったかな？
看護師「・・・」
ジュン「？」
看護師「やっぱり！ジュンちゃんじゃない！」
ジュン「！？」
突然本当の名前を呼ばれ、私は口を開け目を見開いて驚いてしまった。
看護師「そういえば検査でここに来てたんだね。久しぶりねジュンちゃん、最後に退院して以来だけど覚えてないかな？」
そういえば、よく見るとこの看護師さん見覚えがある。昔入院していた頃にお世話になった人だ。
ノン「あの、ジュンてなに？」
ノンちゃんは状況がよく解らないという様子で聞いてくる。
看護師「なにって、22/7の戸田ジュンちゃんよ。ノンちゃんもよく曲を聴いてるじゃない。」
まずい、これは非常にマズい。
ノン「戸田ジュン？」
看護師「そっかー、曲が聴こえたからジュンちゃんお見舞いしてくれたんだ。ノンちゃん、よかったね。」
こちらの事情を知らない看護師さんはこちらの意図を気にする事なく次々話していく。
ガバッ！
突如ノンちゃんが私に近づき、着けていた帽子とメガネを取り上げた。
素顔が露わになった私をノンちゃんはまじまじと見ている。
ノン「本当に戸田ジュンだ・・・」
ジュン「あのー、これはね、」
どうにか説明しようと思ったけど、なんて言ったらいいのか解らない。
ノン「どうして？」
ジュン「え？」
私の考えが纏まる前にノンちゃんが話し始めた。
ノン「どうして私に話しかけられるの？私言ったよね？戸田ジュンがキライだって！
なのに何で偽名まで使って話しているの？！」
ノンちゃんの口調が段々激しくなっていく。
ノン「私をバカにしてたの？仲良く話してた相手が実はキライな人だったって、心の中で笑っていたの？！」
ジュン「違う、そうじゃないよ！」
看護師「ノンちゃんダメよ、落ち着いて。」
只事ではない雰囲気を察したのか看護師さんが止めに入ろうとする。
ノン「信じられない！ずっとお気楽に生きてた人ってそんな平気で人を騙せるの？！
アナタ最低じゃない！そうやってアナタは・・・カハッ！」
突然ノンちゃんが喉元を手で押さえて喋らなくなった。押さえた手は小刻みに震えている。
ノン「あう・・う」
ジュン「ノンちゃん！」
看護師「大変！ノンちゃん、しっかりして！」
異常と判断した看護師さんがノンちゃんに駆け寄り。ベッド脇のコールボタンを押す。
看護師「201号室の患者さんに発作が起きたわ！すぐに先生を呼んで！」
大声で廊下を歩いていた他の看護師に呼びかけた。
次第に周りがガヤガヤとし始める。
『強いストレスが掛かっている時に怒ったりとかして極度に興奮すると呼吸不全を起こしてしまうんだ。最悪の場合は死んでしまう事あるんだって』
昨日言っていた言葉が頭の中で響いている。
すぐに担当の先生がやってきて処置が始まり病室は一気に騒がしくなる。
だけど、私はそんな様子をただ呆然と見ている事しか出来なかった。
思い出していたのはあの日の病室での私とあの日の屋上でただ泣いていた記憶だった。
続く
後編
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