「リボン」
「うーちゃん、あの……なんか頭のそれ、おっきくなってへん？」
　楽屋での待機時間。るんるん気分でお気に入りの曲を聴いていた塔子の肩を叩いたのは、左手を頬に当てた困り眉のかわいらしいみかみ先輩。いつもよりちょっと青ざめた顔で口にしたその言葉に、塔子の頭には少しの間はてなマークがぐるぐると渦巻いてたけど、頭の上をじーっと凝視しているみかみ先輩の視線ではっと気づいた。
「あ、もしかしてリボンのことですか？」
「そうそう、リボン。……リボンなん、それ？」
「せやせや、リボンやで～。かわいいでしょ」
　みかみ先輩の愛らしい関西弁に関西弁で答えて頭をふりふりする塔子。頭の上の「それ」がふさふさ揺れた。
　うさぎさんのお耳みたいにぴょこんと広がるリボンは、塔子のトレードマーク。アイドルとして活動するときはもちろん、プライベートでも常に身につけて生活しているので、「塔子といえばリボン」とみんなからおなじみなのだ。
「それで……あれ？　なんでしたっけ」
「リボンの話なんやけど……いやあ、ウチの勘違いやったら全然気にしなくていいんやけど、なんか……昨日よりちょびっとだけ、おっきくなってへん？」
　そんなことを真剣な表情でみかみ先輩が言うもんだから、塔子はおもわず笑っちゃった。
「またまた〜！　楓っちじゃないんだから、そんな嘘には騙されませんよ」
「嘘ちゃうねん、ほんまに！　うーん……でもやっぱりウチの気のせいかあ……ふつうリボンはおっきくならへんもんな」
「そうですよ〜。うふふ、へんなみかみ先輩」
　リボンがおっきくなるだなんて。またみかみ先輩はバレバレの嘘をつくんだから。塔子のリボンがおっきくなるんだったら、むしろ嬉しいくらいだよ～。

「みかみ先輩、おはようございます！」
「…………」
「あれ、そんな顔してどうしちゃったんですか？」
「やっぱりおっきくなってるって！！　もう垂れてきそうやん！」
　翌朝。みかみ先輩は塔子を見るなり、普段あまり耳にしないようなテンションの高いツッコミをとばしてきた。
「え〜、またその話ですか〜？　だからリボンはおっきくならないですって。朝から元気ですね〜」
「元気とかそういうのとちがうけど……ってちゃうねん。……なんかやーちゃんみたいなツッコミしてもうたわ、ウチ。そのリボン、ほんまにおっきくなってるよ？」
「うーん……塔子にはいつもどおりのつけ心地なんだけどな……」
「ウチ、ほんま心配になってきた。でもねーちゃんはおらんし、相談できそうな人がいいひんわ……うーちゃん、昨日はなにしてた？」
「昨日ですか？　昨日はいいお天気だったから公園でひなたぼっこして――」
「それや！　きっと太陽の光を浴びてリボンが成長したんやな」
「みかみ先輩……それ本気で言ってます？」
「だってそれしか思いつかへんし……とにかく！　うーちゃん、今日のお昼は外出るの禁止な」
「え！　そんな～……」
「うーちゃんの部屋になにか原因があるかもしれないから、帰るのも禁止やで。今日はウチの部屋に泊まろうな」
「それ、みかみ先輩がお泊りしたいだけじゃ……いや、塔子は別にイヤじゃないですけど」
「大丈夫！　うーちゃんはきっとウチが守ってみせるから！」
　胸の前でぎゅっと握りこぶしをつくるみかみ先輩。やけに張り切ってるな……それでも、せっかくみかみ先輩のお部屋にお泊りできることになったんだから、こんな茶番にも楽しく乗っかっていっちゃおうと、塔子は思うのだった。

「…………ついに耳まで垂れてきてる」
　翌朝。みかみ先輩の部屋。
「嘘やろ……外にも出なかったし、うーちゃんの部屋にいたわけでもないのに……」
「ア、ミカミ先輩オハヨウゴザイマス」
「なんかカタコトにもなってる！！　うーちゃん、ほんまに大丈夫……？」
「トウコ、ゲンキ！　トウコ、ゲンキ！」
「ついに壊れたロボットみたいになってしもうた……とりあえず今日はお仕事休んで大事にしよな？　ウチもずっとついてるから」
「トウコ、ゲンキ！　トウコ、ゲンキ！」
「ほんまどないしよ…………あれ、リボンがうーちゃんの耳の中に入ってる……？　あ、もしかしてリボンがうーちゃんを洗脳しようとしてるんか！？　待っててなうーちゃん、いまウチが助けるからな！」
　みかみ先輩が塔子の耳に手をかけ、リボンを引きはがそうとすると――
「…………ツギハ、」
「次は？」
「ツギハ、オマエダーーーー！！！！」

　みかみ先輩の悲鳴で目が覚め、塔子はガバっと勢いよく身体を起こした。
「…………あれ、夢か」
　なんかすごい変な夢を見た気がする。リボンがおっきくなる――そんなおかしなことが現実に起こるわけないのに。最後は少し怖かったけど、なんだかちょっとだけ面白い体験をした気になって、ふふっと笑みがこぼれた。塔子はベッドから起き上がり、カーテンを開ける。窓から陽の光が差し込み、部屋が明るさを取り戻した。日光を浴びていると勝手に気分も元気になってくる。さあ、今日もお仕事がんばりますか！　塔子は張り切って部屋を飛び出していくのだった。

　楽屋での待機時間。塔子がるんるん気分でお気に入りの曲を聴いていると、いつもよりちょっと青ざめた顔のみかみ先輩がやってきて――
「うーちゃん、あの……なんか頭のそれ、おっきくなってへん？」
おしまい